帰国子女だった私にできること

あやさん(トロント)

 私は日本で生まれて7か月の時に父の仕事の関係でアメリカに行き、5歳までニュージャージー州で育ちました。家の中では日本語を使っていましたが現地の保育園は英語で、日本語と英語を使い分ける環境にいました。それから一度日本に帰国して、小学5年生の時にまたアメリカに行きました。2度目のアメリカ生活の時は英語を忘れていたので、現地の小学校でまた学び直さなければいけませんでした。中2で帰国して、帰国子女受け入れ校に入り、そのまま日本で大学を卒業しました。日本語は自分の母語だと思っていますが、社会に出てから人や同僚に指摘されて自分と他の人との日本語の違いに気づいたりすることもありました。大学卒業後は高校で英語教師をしていましたが、今はカナダで留学のために海外からやってくる高校生をサポートする仕事をしています。学生は日本からだけでなくメキシコやイタリア、スペイン、ドイツなど色んな場所からやってきます。学生の英語のレベルも様々で、英語を母語としている人もいれば、これから英語を勉強する初心者の人もいます。それぞれの学生の持っている文化とカナダの文化を橋渡しする仕事に面白さを感じています。

自分の気持ちを表現する言葉が、むずかしい。

 初めは現地の小学校に行っても、先生の言っていることが分からなくて、自分がどの科目を勉強しているのかすら分からないほどでした。でも3年間生活するうちに英語は上達し、いい成績も取れるようになりました。弟とも英語で喧嘩するほどになったんですが、そうなると日本語を忘れてしまう。補習校で日本語を話すけれど、漢字や表現はどんどん忘れていくし、自分の中ではこのままじゃまずいかも、という気持ちはありました。特に自分の気持ちを表現する言葉が難しくて、日本語も中途半端、英語も中途半端、という感じで結構苦労しました。

積み重ねていったものが、ストップした感じ。

 小学5年生で再びアメリカへ行った時は、それまで日本語で積み重ねていったものがストップした感じでした。そこからまた英語で積み重ねていくので、その部分のギャップが出てくる。例えば、理科の授業で習う「火山」という言葉が、英語では分かるけれど日本語では分からない。日本に一時帰国した時に受けた日本史のテストでも、内容も分からないし漢字も読めなくて、ショックでした。 

日本語喋れるんだ?アメリカに「帰る」んだ??

 それに、クラスメートに「えっ、日本語喋れるんだ?」とか言われたり、「英語でしゃべってみてよ」とか言われたりするのも嫌でした。恥ずかしかったし、自分がみんなよりできないというのがショックで。その時に自分が帰った学校は、小学4年生までいたところだったのに、2年いないだけで、こういう扱いをされるんだ、と思いました。噂には聞いていたけど、「帰国子女ってこういう扱いなんだ〜」って。

 もともと5歳で最初に帰国した時にも、言葉の問題はなかったものの、何となく居心地の悪さは感じていました。小学4年の時にアメリカに引っ越すと言ったら、「アメリカ帰るんだ」と言われて「帰るのかな?そうなのかな?」と思ったことも覚えています。

日本では一般的な言葉や表現がわからない

 自分では特殊に感じるけれど、周りから見ると「え、何でそんなこと知らないの?」って思うほど一般的な言葉や表現があるみたいで、それは両親にも、弟にもよくつっこまれました。社会人になってからは「ちょっと『てにをは』違いますよね」とか指摘されることもありました。そういうのは、会話の中で出てくるんですけど、言葉が分からなくて「なにそれ、方言?」などと聞くと「え?いや方言じゃないよ!」と言われたりして。でも自分にとっては、out of the blueっていう感じで全くわからないんです。

 書き言葉でいうと、仕事をするようになってから「日本語がおかしかったら教えてね」と言っているので、時々指摘されることがあるんですが、「てにをは」とか語順とかが「英語訛り」になっているらしいです。例えば、「全て」「基本的に」というような言葉を使う時の語順が、完全に英語スタイルになってしまっているみたいです。

 まあみんなは「帰国(子女)だからね」って笑ってくれるからいいんですけど。

帰国子女としての経験が、仕事に生かされたと感じたこと

 日本の高校で教員をしていた時に帰国子女の生徒を担任する機会がありました。自分も言葉ができないという苦労がわかるので、(同じような立場の人や生徒から)できるだけそのストレスを取り除いてあげたいという気持ちはあります。日本の人は、日本語ができない人を見て「なにこの人?」という雰囲気で接する事が多いように思います。

 例えばコンビニで働いている外国人労働者の苦労などがメディアでも取り上げられることがありますが、自分と接するときにはそういうジャッジメンタルな雰囲気を感じさせないようにしたりとか。自分自身が日本語が分からないという苦労もしたので、(帰国子女の生徒を担当した時には)振りがなを振るとか、ローマ字で書いてあげる、簡単な日本語でわかるようにする、というようなことをしていました。

日本語を喋っていても、日本人として見られない

 (日本の人は)日本語を喋っていても、日本人としてみないですよね。

 自分も経験しましたが、ちょっとイントネーションが違うとか、言い回しが変っていう時に、はっきりは言わないけど、何だか見られてるような気がする。日本で暮らしている外国の人も、同じような事を感じているんじゃないかなって思います。メディアからもそういう雰囲気が伝わってきます。ハーフとして売っている芸能人もいますけど、やはり彼らは完全な日本人としては見られていないと思います。

「日本で教えられている」英語と「現地で話されている」英語

 自分自身は、日本語で批判されたことはあまりありませんが、日本で英語の教員をしていた時に周りの英語の先生から「帰国子女だからね」みたいなことを言われることはありました。例えば、テストを作っている時に自分は「こう言う表現は現地の人はしないよね」って思っても「いや、受験英語だからこれで教えないと」っていう考えの先生が多くて、そういう部分で議論になったり、電車で英語でしゃべってたら周りからじろじろ見られたり、というのはありました。

子供達が安心して勉強できるような環境を作ることが大切

 帰国子女を担任した時、周りの先生に配慮してほしいことを伝えられたのは良かったと思います。国語の先生に、音読するなら読む箇所を先に教えてあげてくださいとか、板書をすぐに消さないで、休憩時間まで残しておいてください、とか。

 安心して勉強できるような環境作りができたと思います。でもこれは、多分カナダのESL(English as a Second Language)の先生たちはよくしていることだと思います。カナダで勉強している(英語が母語でない)高校生たちから、先生がテストの時間をランチまで伸ばしてくれた、家に持ち帰らせてくれた、テストでも辞書を使わせてくれた、などという話をよく聞きますが、自分も(帰国子女の生徒に対して)同じような配慮が出来たかなと思います。